もずの「わくわく劇場日記」No.1 


2000/02/13(日) 川崎ロック
柚木真奈・涙のステージ (引退興行) 編」



柚木真奈は、たった独りで立っていた。
そこは、とてつもなく広くて暗い空間だった。
その場に立つほんのわずかな時間は、真奈にとって孤独と焦燥と
情熱と理想とが、混沌と入り混じったストイックな世界であり、
やがて目のくらむようなスポットライトを一身に浴びる瞬間まで
の何人たりとも踏み込めない、神聖な領域なのだ。

そんな闇の中で、真奈は背中越しに無数の光りを感じながら、そっと
眼を閉じていた。妥協はしない ! 納得の行くステージを最後まで演じ
きるのだと、自分自身の心に宣戦布告していた。柚木真奈が戦うべき
相手は多数のお客ではなく、踊子としての理想・プライド、そして
何よりもデビュー以来今日まで、傷だらけになりながら踊り続けて来た
「踊子・柚木真奈」の集大成、自分自身への戦いなのだ。

真奈は意識しながら深く息を吸い、ゆっくりとそれを吐き、高ぶって
いる精神と大きく波打つ胸の鼓動を静かに調える。
ピン !と張り詰めた暗闇を溶かすように、川のせせらぎの音が流れ
始めた。誰もが否応無く、これまで押さえ込んでいた心の緊張を溶く。
すると不意打ちを食らわせるが如く、突然ヘビーメタルなイントロが
炸裂しピンスポットの閃光が柚木真奈の後姿に浴びせかけられた。
津波のような拍手が湧き上がり、川崎ロックが揺れた !
今日の「柚木真奈」のステージが走り出した。
もう誰にも止める事は出来ない ! 

スポットライトに浮かび上がった柚木真奈は客席に背中を向け
「すくっ !」と立っていたが、体全体で振り向く様に正面に向き直る。
黒ベースに燕尾服調の上着には七色の星屑が散りばめられ、無数の光り
を反射している。これからの柚木真奈の未来を象徴するかの如くだ。
ツメ入りになっている襟元から、大きく左右に弧を描く様に丸くカット
され、その縁をパープルメタリックのモールが飾り立て、お腹のあたり
で合流し、そのまま真っ直ぐ裾まわりへと続いている。
胸元のカットされた部分からは、その下に着ている白くメタリックな
衣装が見える。袖口はベルボトムのように広がっている。

そして黒のスラックスの両サイドにもパープルなラインが入っており、
ヒップの辺りには、白と黒の大胆かつ大きめなフリルが付いている。
それに銀ラメのハイヒールと言う出で立ちだ。
柚木真奈の前には、白い椅子が置いてある。

ヘヴィーな曲に合わせ、大きなアクションでまるで物の怪にでも執りつ
かれたように踊る柚木真奈。そのアクションは寸分の狂いも無く、計算
され尽くしたまさに完成されたものだ。ソリッド感・リズム感あふれる
踊りに感応した観衆の手拍子は声高に「もっと踊れ ! 激しく踊れ !」
と柚木真奈を急き立てる。柚木真奈と観衆のHOTなSOUL(魂)がぶつかり
合い、シンクロし、大きなうねりとなり、場内に渦を巻いている。

ステージを大きく広く隅々まで使い切る柚木真奈のダンスは、あたかも
しし座流星群の如く、まばゆき流星が閃光を放ち、舞台空間を縦横無尽
に駆け回る様である。そのスピード感たるや筆舌に尽くしがたきものが
ある。場内の隅々にまで、柚木真奈のダンスへの情熱と波打つ心臓の
鼓動が真っ直ぐ伝わって来る。柚木真奈レパートリーの中の「エレファ
ント」の流れを継承したものと言えるだろう。
まさに柚木真奈のステージ、集大成と呼ぶのに相応しい !

曲が変わり、椅子を用いてのパフォーマンス。
先程の曲からすると、ミディアムテンポになるだろうか。
横向きで椅子に腰掛け誘惑の眼差し、ハートフルな表情でスラックスの
サイドラインを手で探り、実はファスナーになっていたパープルのライ
ンを引き下げて行くと、柚木真奈の太腿をきつく抑圧していた黒い色の
スラックスが二つに引き裂かれると共に、艶やかな脚が露出される。
そしてショートなダンスを織り交ぜながら、やがて白い大きめなワイシ
ャツ姿になり、ベットイン・・・

柚木真奈は何か遠くを見つめるように、踊りながら客席を見渡していた。
座席で、あるいは立ち見で・・・ その一人一人がそれぞれの想いを
胸にいだき、語りかけるような視線で、柚木真奈の事を見守っていた。
そして柚木真奈自身は、そんな人達の瞳の中のスクリーンに映し出され
る幾千の記憶をフラッシュバックさせていた。

ある者はタンバリンを振り回し、ある者はリボンをからませ、またある
者は手を叩きながら、たった独りで踊り続ける柚木真奈の心をいつも
励まし、奮い立たせてくれた。
もしも本当に柚木真奈が、たった独りで舞台に立っていたとしたなら、
今日のこの日まで踊り続けて来れただろうか・・・ そう思うと、
にわかに柚木真奈の胸はきつく絞られるように苦しくなった。

「残り少ないステージは、みんなと一緒に過ごせる大切な時間なんだ・・・」

そんな想いが心の中をよぎり、一層気合を込め身体をきしませ柚木真奈
は踊っていた。観客の想い、自分自身の想い、劇場への想いの、何も
かものすべてを愛しそうに胸に抱きしめ、そして投げキッスを両手いっ
ぱいに送る。惜しみない拍手と歓声を浴び、柚木真奈は微笑を浮かべ
ながら蜃気楼の様に消えた。

暗転している舞台にポップなBGMが流れ出す。
まだ舞台上に柚木真奈の姿は無いが、観客達は待ちきれない。
すでに柚木真奈が登場したかのごとく、手を叩き、タンバリンを打ち
鳴らす。興奮のボルテージは上がりっぱなしだ。

そんな中ブルーの愛らしい衣装を身にまとった柚木真奈は、幕の裏側で
衣装の納まりを指先で微妙に調え、耳に飛び込んでくる嵐のような手拍
子を妙に冷静に聞いていた。自らに言い聞かせる様に「良しっ !」と
つぶやき、観客の待つ舞台へひときわ元気良く飛び出して行った。

舞台へ踊り出ると、そこには怒涛のような拍手と歓声が待ち構えていた。
場内のすべてのエネルギーが、柚木真奈を飲み込む様に一気に押し寄せ
て来た。その強大なエネルギーを一身に受け止めようとして、一瞬足が
すくむ思いがした。が、柚木真奈は、かろうじてそれを乗り越える事が
出来た。こんなにも大勢の人達が自分のために手を叩いてくれている。
再び胸が燃える想いがした。

オープンを踊る時間も無いくらい、あちらから、こちらから、励ましの
プレゼントが差し入れられる。「ありがとう・・・」と言う言葉を何回
も繰り返しながら、各所でオープンし、ふと気が付くと、しもてサイド
の通路に「真奈さんの新しい門出に・・」と言う、大段幕と柚木真奈の
大きな写真が振られていた。

さすがに柚木真奈の心が揺れた。
今までグッと胸の中に押さえつけていた感情が、関を切ったように一気
にあふれ出して来て、どうにも止める事が出来なかった。

「私はプロの踊子 ! 舞台の上で泣いたらいけない。泣き顔なんて見せ
たらいけないんだ ! 」

と、ひたすら思い直そうと頑張ったが、ファンの心遣いがうれしくも
切なかった・・・

ナイヤガラの滝を水平に流した様なリボンが柚木真奈の頭上に、四方
八方から飛び交う。残りあと8ステージ・・・考えたくも無い狂おしい
カウントダウンが、無意識に観客達の脳裏をよぎる・・・
胸が絞めつけられる・・・やがてBGMのエンディングと共に照明が落と
され、柚木真奈のオープンショーは終了した。

柚木真奈は暗転している舞台の上で、両手に持ちきれないファンの
「想い」を抱え上げ、次の出番を待つ踊子へステージをあけ渡そうと
していると、蛍の様なほのかな薄っすらとしたライトが投光室から
プレゼントされた。劇場スタッフからのささやかな贈り物だった。

川崎の街はにぎやかな人々の雑踏が、不規則にざわめきながら響いている。
大通りを行き交う車の排気音がとても耳障りだ。
都会の裏通りの劇場で、感動的な舞台が繰り広げられている事など、
まったく無関心に気付く事は無い。さめざめとした夜の冷気がビルの
谷間を我が物顔で吹き抜けている。

しかし、そんな大きな都会の小さな劇場で、「柚木真奈」と言う一人の
素晴らしい踊子が、見事に踊子としての仕事をまっとうし、劇的な引退
をしたと言う事実を私達は時代の証人として、一生忘れる事は無いだろう。

ありがとう「柚木真奈」素適なステージを・・・そして素適な時間を・・・

(2000年2月13日・川崎ロックにて)


あとがきにかえて

柚木真奈さんの出し物に「エレファント」と言う演目がある。
パープルのドレスに身を包みながら、とてもタイトに激しく踊る出し物だ。
とてもハイクオリティーなステージだった。
私はその「エレファント」を'99年の1月31日の川崎ロックの舞台で初めて
見た時、真奈さんの履いていた紫色のエナメルのハイヒールがピカピカで、
とても綺麗だったのが特に印象的だった。

そして、同年2月13日の栗橋大一劇場でも真奈さんの「エレファント」を
観劇する事が出来た。私は真奈さんの足元を見ると、あのピカピカの紫色を
したハイヒールに、幾つかの傷がついている事に気が付いた。

更に、同年5月16日のDX歌舞伎でも真奈さんの「エレファント」を観劇する
事が出来た。この時も真奈さんの足元を見ると、あのピカピカの紫色をした
ハイヒールには、数多くの傷が増えていた。それらの傷は、決まって同じ場所
の周辺に集中してついていた。

真奈さんがいかにこの「エレファント」と言う出し物を踊り込んでいたのか、
考えるのに時間はかからない。いつもステージの上から微笑みかけてくれる
真奈さんは、ご自分のステージに並々ならぬ情熱と上昇思考を持ち、とても
エネルギッシュに数々のステージを作りあげて来た踊子さんなのだ。

私はつくづく思う。「柚木真奈と言う踊子に出会えてホントに良かった。」
劇場のロビーで、「柚木真奈に狂った男・・・」などと言われたりもしたが、
それは私にとって、勲章とも言える最高の誉め言葉だと思っている。
踊子さんには、いつか必ず引退する日がやって来るのだが、真奈さんにもその
日がとうとう来てしまった・・・ まったく以って残念な事には違いないが、
最後まできっちり完全燃焼して有終の美を飾り、引退された事はファンとして
切なくもうれしく思える事である。

私にとって柚木真奈さんは、ハレー彗星のように思える。
美しい光りの尾を引き、さんぜんと輝きながら飛び去って行った・・・
真奈さんのステージを見ながら過ごした日々は儚くも美しく燃えていた。
もうあの素晴らしいステージを見る事は出来ないのか・・・
いやいや、真奈さんはこれからもずっと私の心の中のステージで永遠に
踊り続けてくれるだろう。そして、真奈さんもまた、ファンの皆さんから
受け取った数々の花束を、いつまでも心の窓辺に飾ってくれるに違いない。
私はそう思っている。

「柚木真奈に狂った男・・・」by もず



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