もずのわくわく劇場日記 No.11


2001/06/03・10(日) 川崎ロック

渡辺理緒・ピンクマーメイド



▲ ピンクマーメイドより

暗いステージ中央に置かれた岩の上、仰向けにのけぞるように寝そべったまま、渡辺理緒はスタンバイしていた。客席からは渡辺理緒の足、いや、今回は魚の尾ひれになっている。ピンクのスパンコールの魚の尾ひれだ。どうやら今回は「人魚姫」の出し物のようだ。

静かにBGMが流れ始めるとともに、渡辺理緒の細い右腕がスーっと真っ直ぐに夜空へ向けて伸びた。そしてその腕は何かを求めているのか、訴えかけているものか、強い意思を思わせる。しかし、その手先はあたかも白い蝶がひらひらと舞飛ぶように、宙を泳いでいた。

さらに尾ひれをゆっくりと持ち上げ、その強い意思を全身で表現するかの如く、渡辺理緒は傾斜のきつい岩の上であえぐように踊っている。体を支えているのは背中の一部分と左手だけだ。

渡辺理緒は息を止め左手、五本の指先で岩の一部分をぎゅっとにぎりしめ、体中の神経を研ぎ澄まして踊りと体勢の安定をはかっている。その指先は微妙に何度か握り直す。

いかに左手に負担がかかっているものか、うかがい知る事が出来る。しかしまた、その左手以上に彼女の腹筋・背筋・足の腿の筋肉に負担がかかっているのかも同様である。

この場面を見ながら私は、渡辺理緒嬢どうしてまたこんなに自分の身体にリスクの大きい場面を設定したものかと自分なりに考えてみた。

過去「人魚姫」をモチーフにした作品は、何人かの他の踊り子さんの作品で見ている。
しかし、今まで見た中でこんなに止めどもない苦労を科した作品は見たことがない。
この人魚の踊り、なにもこんなに傾斜のきついセットの上で演じなくても、十分楽して出来るのではないか ? しかし、渡辺理緒の演じているこの場面をまじまじと見つめながら、ハタ ! と私は思った。

ヒントは渡辺理緒の顔の表情にあった。

なぜか訴えかけるような悲痛なまでの想いや願い、そのようなものを感じなかっただろうか ? これは私の私見だが、渡辺理緒はもしかしたらそのような痛切な「想い」を表現するに当たり、見ている側に切羽詰ったような緊張感・緊迫感などを伝えたくて、敢えて体力的に自分自身をきざむような大きなリスクを背負い、この作品にチャレンジしたのではないだろうか・・・ 

このオープニングの場面をこれほど長く演じる事での最大のリスクと言うのは、単に疲れると言う一言だけではかたずけられない。

どう言う事かと言えば、先にも書いたように傾斜のきつい岩のセットの上で、のけぞって暗転している舞台でスタンバイし、音楽と照明が始まるのをじっと耐えている。

タイミング良く始まれば良いが、曲のスタートがモタつくと、かなりツライ事になると思う。
実際に3日の日の2回目のここでの初だしのステージではその様になった。
渡辺理緒は闇の中から早くしてぇ〜つらい〜 と、ステージが始まる前から悶絶していた。

そして、ステージが始まれば始まったで、体勢を安定させながら踊るのに余計な体力を使わねばならない。当然このオープニングの場面だけで、相当の筋肉疲労が蓄積されるのだ。つまりはこの筋肉疲労は、ベットを演じる時に最悪な形で出てしまうのだ。

渡辺理緒の最大の持ち味、しなやかでしっとりとしたベットでのブリッジや体の動きが、筋肉疲労のために思うように活かせなくなる・・・ これは最初から渡辺理緒にはあらかじめ予感出来るものだろう。

だがしかし、渡辺理緒はそれを承知の上で茨の道を選んだのだ。
踊り手が楽をしていては伝えられない「渡辺理緒ならではの表現方法」、自分の作品への「想い入れ・こだわり」のような理由があったのではないかと言う私の推測である。

さて、話をステージへ戻そう。

尾ひれと右腕によるパフォーマンスがひとしきり続いた後、上半身を起こし、BGMのラストに合わせるように、岩の上から床へとずり落ちる。

BGMが変わり、客席に背中を向けてそのまま後ろへ仰向けに倒れ、尾ひれになっている足を真っ直ぐ上へ伸ばし、そのままの状態で尾ひれの衣装を脱ぎ捨てた。

BGMはかなりHappyな感じになった。嬉しくて嬉しくてたまらない、喜びを隠し切れないと言う場面。ここまでの場面を少し考えてみよう。おそらく童話の「人魚姫」のストーリーをなぞっているものと思われる。

私の記憶の箱を開いて少々ホコリの積もっている「人魚姫」の絵本を取り出し・・・
(ー。ー;) フゥ〜  ゲホゲホ・・・ いや、失礼 ! かなりホコリが積もっていた。

さて、記憶の絵本での人魚姫では、夜の海の岩の上で人魚姫は毎夜毎晩、街のキラキラとした灯かりを見つめながら、人間達はあの星屑を散りばめたようなキラキラした灯かりの中で一体どんな暮らしをしているのだろうか ?

きっと楽しく素敵な暮らしをしているに違いない。人魚姫はそんな夢物語を想像してはため息をつき、私も人間達のように2本の足で街を歩き、素敵な恋をして見たい・・・

人魚姫のそんな想いは日に日につのり、本気で自分も人間になりたいと思うようになる。
そして人魚村の森の奥深くに住むと言う魔女のところへ行き、私を人間にして欲しいと懇願するが、魔女は願いを叶えるのと引き換えに、人魚姫のその美しい声をよこせと言う。

人魚姫は躊躇したが、人間になれるのならば・・・
と自分の声と引き換えに願いを叶えてもらうのだった。

しかし、魔女は魔法をかける前に一つの忠告をするのだった。

それは、一度人間になってしまうと、もう二度と人魚には戻れない。いや、そればかりではない。再び人魚に戻りたいと願った時、お前の命は消えてなくなるのだ ! と・・・
それでも人魚姫の人間になりたいと言う想いは変わらず、自分の声と引き換えに魔法をかけてもらう・・・

オープニングの岩の上での情景。拡大解釈かもしれないが、ここまでの話がこのオープニングに隠されているのだ。(そこまで拡大するとピンボケになるかな ? 苦笑)

そして第2景は、魔法の力を借りて第一の願いは叶う。
ともかく人間となり、美しい二本の足を持った人魚姫はルンルン気分。そぉ〜と立って見る。一歩、二歩と歩いて見る。

「うわ〜っ ! こんなに自由に歩ける。どこへでも行けるわ♪」人魚姫はひとり浜辺を大いにはしゃぎまわり、あこがれの人間達の住む街へと希望に胸を膨らませて出かけて行った。

----ここからは、しばらく私のイマジネーションで補足してみよう。

さてさて街に出てみると、そこには今まで見たこともない程大勢の人間達がにぎやかにざわめいていた。人魚姫はカルチャーショックを受けた。女達は誰もが綺麗な服を着て、綺麗な靴を履いていた。通りにはそんな服や靴をたくさん並べて置いてある家が並んでいた。

人魚姫は一つの靴に目を留めた。

折角二本の足を手に入れたのだから、こんな綺麗な靴を履いてみよう。
そう思って並べてある中から一足の靴を手に取り、履いてみた。うわぁ〜私にピッタリだわ♪ うん、これにしよう。人魚姫はその靴を履いたまま、軽やかに歩き出した。

すると、後ろから誰かが人魚姫の肩に手をかけ、何か言っている。
「お客さん、靴の代金をまだ頂いておりませんが ? 」人魚姫は何の事か良く分らなかった。
「えっ ? 代金って何ですか ? 」そう言ったつもりだが、「うぅ・・あう・・うぅぅ・・・」人間になる魔法をかけてもらう代償として声を魔女に取られていたのでしゃべる事が出来ないのだ。

それに、人魚の世界では「お金・通貨」と言うものが存在せず、何を言われているのか意味が分らない。そんな人魚姫の様子を見て店員は、万引きを確認し、事務所へ連れて行こうと人魚姫の手をつかみ、強引に引っ張った。人魚姫は言い知れぬ恐怖を覚え、衝動的に店員を突き飛ばし、倒れたスキをついて走って逃げた・・・

どこをどう走って来たものかまるで分らないが、どうにか逃げ通せたようである。だいぶ走ったので人魚姫は疲れて道端に座り込んでいた。すると通りかかったサラリーマン風の紳士が人魚姫に気がつき、どうかしましたか ? と声を掛けて来た。

とても優しそうな感じの人だったので、人魚姫はその男性に言った。

「うぅ・・あうぅ・・・う〜・・・」

人魚姫は「さっき靴を履いて歩いていたら、見知らぬ男に腕をつかまれて、怖くなってここまで走って逃げて来た。」涙を流しながらそう言ったつもりだった。

するとその紳士は、「君は口がきけないんだね ?」そう言うとハンカチを取り出し、やさしく人魚姫の透き通った瞳から流れている涙をそっと拭いた。人魚姫は初めて人間の優しい心に触れたと思った。嬉しかった。その紳士は人魚姫に手を差し伸べ、エスコートする様に歩き出した。

良く分らないが人魚姫は優しそうな人なのでそのままついて行く事にした。
そしてその紳士は、とある建物の中へ人魚姫を連れて入って行く。人魚姫はきっとこの人は自分を家へ招待してくれたのだと思った。右も左も分らない人魚姫は、とにかく落ち着ける場所が出来たので嬉しかった。そしてなんて優しい人なのだろうと思った。だが、その建物の入り口には「のれん」のような長い布がヒラヒラしていた。

その建物の一室に入ると、大きなベットと小さなテーブルが置いてあり、窓は閉ざされ外界とは遮断された空間になっていた。人魚姫は疲れていたので、ともかくその大きなベッドに体を横たえた。

すると紳士は部屋のドアをロックすると上着を脱ぎ、いきなり人魚姫の体の上にのしかかって来たのだ。人魚姫は言い知れぬ恐怖を覚え、紳士を跳ね除け、部屋の隅へ逃れうずくまった。紳士は狼狽しながら言う。

「何をしている、こっちへ来い ! 逃げ場はないぞ ! お前、しゃべれないんだよな、何をされても誰にも何も言う事が出来ないよな。助けを呼ぶ事すら出来ない。ふっ、哀れなもんだぜ。さぁ、おとなしく言う事を聞くんだっ !」

人魚姫は肩を振るわせ泣いたが、もはやどうする事も出来ない。
親切で優しい人と思ってついて来たのに・・・

人魚姫はボロキレのように身も心もずたずたになって、真夜中の街へ放り出された。
放心状態のまま、ただ街中をさまよい、歩いていた・・・

------ そしてステージの話に戻る

二本の美しい足を手に入れ、人間になった人魚姫の渡辺理緒は、ステージの上を靴を履いて歩きまわりながらのHappyなダンスをする。BGM にシンクロした楽しいダンスだ。手拍子を打つお客達も、渡辺理緒の楽しげな踊りに思わず顔がほころんでいる。

そしてひとしきりダンスを続け、BGM が終わり急に薄暗くなると、今までと打ってかわった暗いBGMになり、狂おしい顔の表情と共に、正座の状態で舞台に崩れ、前こごみになって両手で耳をふさぎながら何者か目に見えない恐怖に身を震わせるのだった。

----- 再びイメージより

呆然と歩いていた人魚姫の鼻先に、ほんのりと潮の香りがした。いずこより香って来るのだろうか。人魚姫はその潮の香りにいざなわれるようにその香りをたどり、ようやく浜へ出ることが出来た。

大きく真ん丸い月が、夜の海を金色に輝かせ、凪いでいる波がキラキラとまぶしく眼に映った。人魚姫は力なく砂浜に座り込み、月あかりに光る海をぼんやり見つめていた。

私が生まれ育った海・・・ ポツリとつぶやく。
幼い頃、友達や仲間といつも遊んでいたオーシャンパーク・・・
かくれんぼをしている時、身をひそめるために体中にタコをたくさん貼り付かせ、身動き出来なくなって、鬼の役の友達に見つかる前に助けを求めて、見つかり、無理やりタコを引っ張って取ってもらい、後で体中タコの吸盤の跡だらけになり、泣いて家へ帰ってパパやママに笑われた事もあった。

今にして思えば人魚の世界はとても平和だった。仲の良い友達も、仲間もたくさんいたし、家族はいつも笑いながら幸せに暮らしていた・・・そんなハッピーな想い出が人魚姫の胸の中に次々にふくらんで行き、今だけは笑う事が出来た。

でもいつも平和と幸せの輪の中で暮らしていたから、何も感じられなかった、自分が幸せだったことに気が付かなかった。退屈な毎日を過ごしていた時、偶然見つけた海より突き出たあの岩にいたずら半分によじ登り、遠くに見えた人間達の住む街のあかりを見た時から自分の心の中に色めき立つ夢を見た。きっとあの人間達の世界では、心踊るような素敵な毎日あるのだろう。私も出来るものならば人間になってそんな浮かれた暮らしをしてみたい・・・

でもやっとの事で人間になって人間の世界を知れば知るほど、人間と言うものは自分勝手で冷酷、他人を欺き笑い、陥れる・・・夢にまで見た人間達はこんなものだったのか。
自分はそんなものに憧れていたなんて・・・
人魚姫の目には後から後から涙が止めどもなく溢れて来たのだった。

----- ステージに戻し

先ほどの暗く重いBGMは手短に終わり、またマーチ風の明るいものに変わった。渡辺理緒は盆へと進み、まばゆい照明の中で背中をそらし、床に手をつかずにゆっくりとブリッジ。

そのまま頭を床につけ、盆にはべる。ベットショーの始まりである。
得意のポーズを次々に決め、その度に盛大な拍手が巻き起こり、頭上を行く筋もの華やかなリボンが飛び交っている。心配された手や足の震えもなく、とても美しくスムーズにベットを進めて行った。この渡辺理緒のベットは、実に見ごたえのある上品なものに仕上っている。必見だ !

そしてBGMのと照明の盛り上がりが最高潮に達し、盆の上で正面を向き、顔に微笑みを満たしてゆっくりと立ち上がり、花道を歩いて舞台へと戻り、再び岩の上に這い登り、息苦しくも切なくも見える表情で目を閉じ、その場に倒れ込むように岩を抱え込んでBGMと照明が静かに落ちて終わった。

----- イマジネーション

人魚として楽しかった想い出を懐古し、人間となって経験した冷たく悲しい仕打ちの狭間で夢とうつつの落差に打ちのめされた人魚姫を癒してくれるのは、月のあかりに照らされた穏やかな海だけだった。孤独を噛締めていた。

やはり私は人魚・・・
人間の世界で生きて行く事は出来ない。人魚の世界へ戻りたい・・・

しかしそう思うことは魔女に忠告されたように自分自身の生命の火を絶やす事になる。けれども今、人間として生きて行く夢は完全に色褪せて、何の輝きもなくなった。

人魚に戻りたい・・・海へ戻りたい・・・人魚姫は心底そう願ってしまった。
もう終わりだ。どの道生きて行けないのなら、せめて人魚として一生を終わりたい・・・
海へ戻ろう、海へ帰ろう !

美しい二本の足を持った人魚姫は砂浜から立ち上がり、波の打ち寄せる海の中へ足を踏み入れ、沖へ向かって泳ぎ始める。

人魚の尾ひれとは違い、うまく泳ぐ事が出来ない、とても息苦しい。それでも力の限り精一杯泳いでいると、毎日よじ登って人間達の街のあかりを見ていたあの岩が見えてきた。

人魚姫は疲れた体を少し休めようと、その岩にしがみつき、よじ登った。遠くに人間達の街のあかりが、かげろうの様に揺れている。人魚姫にそのあかりは、とてもとても遠く、遥かに遠く、寒々と目に映った。

そして目を閉じると、疲れているためか眠くなって来た。
すると遠くの方で人魚の仲間達が人魚姫に向かって手を振り、ニコニコと笑いながら「人魚姫、お帰りなさい♪」 と手を振っている。

人魚姫はうれしくなって、幸せな笑顔で「うん、ただいま♪ みんな出迎えてくれたのね・・・」と言い仲間に手をふる。

すると急に体が軽くなった。人魚姫は立ち上がり、岩の上から海へ飛び込み、仲間のところへ向かってわくわくしながら泳いで行った。そして仲間に導かれる様に海の奥深くへと帰っていった・・・

翌朝、沖合いを通りかがった漁船が、海から突き出している岩の上で身元不明の女性の水死体があるのを発見し、地元の警察に届け出た。その水死体は苦しんだような形跡はなく、穏やかな顔をしてまるで眠っているかのようだったとか・・・




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