もずのわくわく"遠征"劇場日記 No.76-3


2003年 7月 13日(日)〜14日(月) ニュー道後ミュージック

「初めての遠征日記編 」その3



さてっと ! 松山空港に降り立った私もずは、喫煙所を探すべく、空港内をあっちへウロウロ、
こっちへウロウロと重いカバンを肩に食い込ませながら、歩きまわるも発見出来ず。
「いやぁ〜、ここは完全禁煙かよぉ・・・」と落胆し、渋々外へ出た。

正面玄関を出ると、すぐにタクシーとバスのターミナルである。おぉーっ! 灰皿みっけ♪ 早速カバンからタバコを取り出しながら、松山市駅までタクシーで行こうか、バスにしようかと考えながら何となくバスのターミナルへ歩いて行くと、なんじゃこれ ? オレンジ色のバスの乗車券自販機があるではないか。ほ〜ぅ・・・とさりげなく見てみると、行き先のバス停名と料金のボタン。伊予カードなら1000円で1100円分乗れると書いてある。イオカードじゃなくて、伊予カード・・・(爆♪)

あれっ? 松山市駅と道後って結構離れてるんだぁ・・・ ホテルは松山市駅近く、劇場は道後温泉駅かぁ。ホテルのチェックインは3時でしょ ? 開演は2時から・・・やっぱし1回目には間に合わないな。ホテルと劇場が近けりゃァ何の問題も無いのだがなぁ。先に劇場へ行ってしまうと、ラストまでずっといる事になるから、ホテルのチェックインが出来ないし、チェックインしてからだとどうしても1回目には間に合わないか。

などと切符の自販機を目の前にして考えていると、唐突に背中越しに「なぁーにしてんの ! 早くしないとダメじゃん !」と声を掛けられて、「えぇっ !?」と振り返ると、芦屋雁之助にクリソツのズッシリ感のあるバスの運転手らしき人が立っている。

「どこまで行くのっ ! なに !? 松山市駅 !? 400円 ! ホレ、そこにお金入れてそのボタン押して!! 乗る時に整理券取るの忘れずに! 降りる時にその乗車券と整理券一緒に箱に入れるだからね !!」

雁之助のような彼は、一気に私にまくし立て、私はあれよあれよと言う間にバスに乗せられてしまった。まだタバコ吸って無いのに・・・ ( ̄〜 ̄)ξ

ゴゴォ〜っと言うディーゼルエンジンの音をうならせて、バスは松山市街地を走り抜ける。車窓から見渡せる松山の町並みは、自分にはなじみの深いと言うか、違和感が無いと言うか、自分の住んでいる町とほぼ同様な風景であった。ただ、コインパーキングの料金が安いのに驚いたけどね。普通15分100円だよね ? ここは1時間100円って書いてあるので、い〜なぁ〜 と思った。(爆♪)

雁之助チックな運転手さんは良くしゃべる人だ。YMOの坂本龍一みたいなマイクが耳元から伸びて、口元まで達している。これが彼をその気にさせているようで「この先、JR松山駅でぇ〜す♪ 降りる方はいませんかぁ〜♪ 降りてもいいですよぉ〜♪ 降りる人いなくても止まりますがね♪」と・・・(爆♪)

松山市内へ進んで行くと、意味もなく道がクランクに曲がっている場所が多い。これはこの街が城下町である事を物言わずに語っている。戦国時代、敵の侵入を遅延させるためと、地元の地の利を活かし、敵戦列をわき腹から突く戦法の機会を増やし、お城の防御にあたるための縄張りなのだ。この手の道の作りは、どこの城下町へ行っても同じようなものがあり、武田信玄のお膝元の甲斐・山梨県や、北条氏康のお膝元の小田原、川越の北条氏邦の鉢形城下、春日局で有名な川越御殿のまわりなどもこういった作りの町になっている。

余談ではあるが、我が先祖である「もず氏」は、家紋の紋様から一時は織田信長の家臣の滝川氏では無いかと言う話が親戚一同に流れていたのだが、「もず氏」の菩提寺で近年見つかった古文書により、上野の国は箕輪城・城主、箕輪氏の家臣で、武田信玄の重臣・真田昌幸の手によって攻められ落城、箕輪氏は城内の中庭で自刃し滅亡した。我が先祖は馬廻りの官臣であったため、箕輪氏の姫を連れて城を落ち延び、百姓にまぎれ、身分を隠して時代の安定した後、庄屋となり自家を復興させ、京の高家より姫をいただき「もず氏」を再興させたと言う話だが、どうやら後日談があるようで、家名を復興させるにあたり、策謀をめぐらし身分の高い姫を迎えた所までは良かったが、この姫様がたいそうなゼイタク者で、「もず氏」は没落し、再び百姓になり、明治までその村の庄屋として村を治めていたと言う話らしい。
なんちゅうこっちゃ。

そんな話はどうでも良かったのだ。

松山市駅にバスは無事到着♪ 駅前を走るチンチン電車や坊ちゃん列車をものめずらしく眺めつつ、私は取りあえずホテルのありかを事前に確認して置いてから、再びブラブラと松山市内を散策に歩く。大きなデパートはどうやら高島屋があるだけだが、この町は地元商店街の力があるようで、アーケード街がとてもにぎやかだった。

雨がだんだん小雨からざんざ降りへと雨量を増してきた。ホテルのチェックインまでにはまだ2時間半ほどある。今後の予定を頭の中で考えてみると、明日の飛行機の出発時間が早いので、観光するとすれば今のうちだ。とは言うものの、噂の松山城つーのは一体どこにあるんじゃろ・・ ほっつき歩いているうちに、堀のようなものがあった。道脇の道路看板に「城山公園入口」と書いてあるので、眺めてみると中の方に石垣の断片が見える。きっとこの中に入って行けば何か手がかりが発見出来そうだ。

そう思いつつ、堀に沿って歩いて見ると堀を渡る橋が見えたので、そこへ行って見る。やはりここは松山城の城郭の一部らしい。バラバラと傘を打つ雨の音を恨めしく思いつつ、橋を渡っていると掘りの中に何かうごめく黒い影を見たような気がしたので、覗き込んでみる。「カメだ !」興奮した私はバッグからデジカメを取り出し、カメをカメラで撮った。うん、カメをカメラで撮った・・・(笑) カメをカメラで・・・ えっ ? もういい ? (爆♪)

するとこんな事を言ってる私を哀れに思ったのか、背中越しに見知らぬおじさんが声を掛けてきた。
「兄ちゃんよ、写真撮るならこっちの方がでっかい鯉がいるよ♪」
「え ? 鯉 ? あのぅ・・・ 松山のカメを撮ってるんですけど・・・」
「松山のって事は、あんたどっから来たんだ ? 」
「はぁ、東京から飛行機に乗って来ました。」
「へぇ〜 東京にはカメはいねぇのかい ?」
「いや、カメは高幡不動尊に行けばいますけどぉ、やっぱ松山のカメだから・・・」
「珍しいのか ?」
「まぁ、特にこれと言って珍しいと言うほどでも・・・」
「あんた、変わってんね ?」
「はぁ ?」

なんかヘンテコリンな会話だ・・・
橋を渡って奥へどんどん進んで行くと、競輪場があった。松山競輪か、特に興味は無い。おや ? 何気なく遠くを見上げると、山の上にお城が見える♪ ワクワク♪ 写真撮ろう♪ あそこに行くにはどうすれば行けるんだ ? そう思いながらトボトボと歩いていると愛媛美術館があった。おぉ、なんて言う文化的な街だろうかと写真を撮る。中には入らないが・・・

さらに進んで行くと、何か工事をしているゾ ? はぁ〜 災害で石垣が崩れたので直していると書いてある。なんだこの階段は ? 右側通行って、これかぁ ? 工事用の仮設階段をのぼって行くと、木立に埋没しそうな薄暗い山道が続いていた。かなり勾配のきつい坂道だ。日頃運動不足の私は、ゼイゼイと息を切らしながらも、しばらく登ってみた。どうやら松山城へ続く道と確信したのだが・・・

すでに雨は土砂降りになり、蒸し暑いのと雨とで私の体も服も、びっしょりになっていた。果たしてこの先どうしたものだろうと、腕時計のガラスに付いた雫を指でぬぐい、見てみれば引き返す時間を考慮に入れたとしても、ホテルのチェックインには余りのある時間だ。もう少し進んでみようか・・・

人気の無い山道をひたすら夢中で歩く。タンバリンの入ったカバンが、きつく肩に食い込んで痛い。時折立ち止まっては肩をマッサージし、気を取り直しては「もず氏」は松山城攻めを続行する。一番槍を松山城にブチ込め ! ひるむなぁーっ ! 天守閣でタンバリンを打ち鳴らすのじゃぁーっ ! と、大河ドラマのようなわけの分らない事を口走りながらドロドロになって坂道を突き進んだ。

ヘトヘトになりながらも、大手門をくぐり戸無し門を突きぬけ、やっとの思いでおみやげ屋のある広場へとやって来た。すると目の前に念願の松山城の天守閣がそびえ立っているではないか ! 今一息だ ! 入場料500円・・・ 城攻めにきて入場料払って攻略とはこれいかに ? まぁ、小田原城も松本城もどこも同じか。(爆♪) 

入場料を支払い、城内へ侵入。下駄箱は無料だった。(爆♪) スリッパに履き替え、一路天守閣を目指す ! 松山城はもちろん国宝の昔のままの木造のお城だ。磨り減った階段がいにしえの戦国絵巻を彷彿させてくれる。やはり階段はほとんどハシゴ状態だ。明治時代、近代国家のブチあげのため、関東の多くのお城はかたっぱしに破壊された。だが、地方までは明治新政府の思惑は及ばず、松山のお城は守られたのだ。ホントにこれは松山の人の心意気と言うか、現代世界遺産に登録されても惜しくない美しいお城だ。このお城を守り抜いた松山の人たちに敬意を表したいと、真剣に思った。

やっとたどり着いた松山城大天守。板敷きの広間に座って、自分が武将にでもなったような錯覚を覚え、しみじみと思う。♪松風騒ぐ 丘の上 古城よ一人 何偲ぶ 栄華の夢を 胸に追い あぁ 仰げば侘し 天守閣・・・ やはり三橋美智也がいい。氷川きよしも悪くないが、三橋美智也の渋さがない。(爆♪)

松山城の大天守から四方を望むパノラマは、残念ながら雨にけむり、瀬戸内海は鉛色で内海の穏やかな波の輝きは見る事は出来なかったが、城下に広かる民の力強い営みには強く心を揺さぶる物があった。彼の時代、殿様は日々こんな風景をここから見渡しては、政所としての責務を背に負い、世の平和を願い民の暮らしぶりを気遣いながら伊予の国を治めていたのだろうと、深々と熱い想いが胸をかすめた。

さて、ちっとばっかし早いが、松山城も攻略した事だし、山を降りるとするか♪

目的を達成した帰りの道は足取りも軽やかにスタスタと坂道を軽快に下り、あっという間に掘割の道へ出た。まだ2時半だが、今さらもうやる事も無いし、チェックインの時間までホテルのロビーで一休みするかと、ホテルの中へ入って行った。ロビーのソファーに腰掛け、傘などたたんでいると、すっかり濡れ鼠となってる服がべた付いて不愉快で仕方ない。早く脱いで風呂にでも入りたいものだと言う気持ちが強くなり、ダメ元で、フロントカウンターの従業員さんに「あのぅ〜 チェックインもう出来ますか ?」と聞いてみると、出来ますよと言うので、カバンから宿泊券を取り出し、チェックインを完了した。

部屋は6Fだそうな。部屋に入った私は、ともかく濡れた服を脱ぎ捨て、バスタブにお湯を張りつつ、お湯が溜まるまでパンツ・シャツ・ズボンと、ヘアドライヤーで風を送り乾かしていた。結構乾くもんだね♪ そろそろお湯も溜まったので、バスタイム。う〜 極楽極楽♪

風呂から上がると、今後のタイムスケジュールを詳細に確認し、おビールなどを冷蔵庫から引っ張り出し、のどを潤す。ん〜良い感じ♪ ふと見るとベットがダブルベットだった。なんでや ? デリバリーの人でも呼べって言われてるみたいや。こんな広いベットに一人で寝るのはさみしいな〜と、思わずピーッ ! に電話してしまう(爆♪) ちょっと待て ! ここで寝ている場合ではなかった ! 道後に行かなくては・・・

このホテルから道後温泉まではチンチン電車に乗って、およそ25分。あわてて浴衣を脱ぎ捨て、乾かした服をもう一度着て、ホテル前の乗り場からチンチン電車に乗り、一路道後温泉へ。道後温泉は終点なのだ。道後温泉駅に降り立った私は、そう言えばまだお昼ご飯食べてなかったと思い、商店街の中にあったうどん屋さんに入り、メニューを一通り眺め、てんぷらうどんを注文する。

てんぷらうどんには上と並とがあり、私はせっかくだから上を食べようと思っていたのだが、どう言うわけか、注文を取りに来たおばさんは、私の顔を見て「てんぷらうどん並一丁 !」と勝手に並と決め付けてしまった。私はまだ「てんぷらうどん・・・」としか言ってないのに・・・ 人を外見で判断するとは何と言うおばさんか・・・

ともかく「てんぷらうどん」はやって来た。かぼちゃと海老のてんぷらがうどんに乗っかってる。とりあえず美味そうだ♪ おぉ ! そうか、ここは四国だ、うどんのツユが淡い色をしている。上品な感じだ♪ で、味の方はどんなものか・・・ ズズズズ・・・ 美味い♪ 上品なダシの風味にうどんの滑らかな舌触り、適度な麺の腰に全体のバランスがとてもよく配置されたと言う感じだ。

てんぷらの方はどうだろう ? ん・・・ いまいち油っぽい。海老に妙な酸味があり、クセがある気がする。かぼちゃの方はどうだろう。うん♪ やはりちょっと油っぽい感じは否め無いが、合格と言えるだろう。この海老にしろかぼちゃにしろ、油っぽいと言うのは、揚げるときの油の温度が低めなためである。油の温度はあくまでも170度に保たなくてはならない。何ゆえかと言うと、低いとてんぷらに火が通る前に、コロモが油を吸い込んでしまい、どうしても油っぽくなってしまうのだ。逆に温度が高すぎると、火が中に通る前にコロモの方が先に揚がってしまい、中がべチャべチャ、外はコゲコゲになってしまう。

しかしまぁ、やっぱりうどんは関西風 ? が美味いね♪ おっと、うどんの話はこれくらいにしておいて、おなかも膨れた事だし、ぼちぼち4時半になり2回目の始まる時刻だ。うどん屋を後にした私は、ハタ ! と気が付いた。道後ミュージックはどこだ ? 商店街に入って・・・ バッグから道後ミュージックのホームページをプリントアウトした物を取り出し、周囲と見比べながら位置関係を確認すると、どうやら商店街を真っ直ぐ突き当たりまで進み・・・ 椿の湯のところ・・・・ あったぁ〜♪ (^O^)

ここかぁ〜♪ ネオン看板とグリーンのハッピ姿の従業員さんが出迎えてくれた。
よし ! いよいよ道後ミュージックへ侵入するどぉ〜♪



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