もずのわくわく劇場日記 No.107-7


2004年 5月 4日(火) 
新宿ニューアート開館三周年記念!

「SNA ブロードウェイ・ミュージカル?」その 7

【第六景】平松ケイ(小野・新庄・森川・神崎)


いよいよ新宿ニューアート開館三周年記念特別興行・ブロードウェイミュージカル、締めの大トリを飾る、平松ケイさんのメインステージ! ドラマチックにスタート♪

【第六景】平松ケイ(小野・新庄・森川・神崎)

暗転の中で、何やらゴソゴソと行われているようだ。
んっ? 盆の上に誰かおるぞ! その正体はいづれ分るであろう・・・

流れ出すBGM まぶしく差し込む照明の光! お〜っと!ステージを照らす照明の中に現れたのは、ロック座が誇る乙女の精鋭!新宿ニューアート開館三周年記念特別興行を成功に導く百戦錬磨のチャーリーズエンジェル、新庄愛!森川いづみ!神崎あかね!小野今日子!ホワイトサテンの和風スタイル、それぞれに思わずムシャブリつきたくなるような、白く!長く!ヌーブラのやわらかさを彷彿とさせる美脚をここぞ!とばかりにフーチャーした短い着物スタイルで並んでいます!

ゴールドな装飾が上品にコーディネートされた、ハイソサイティーなコスチューム、こ、これは桂由美のデザインでありましょうか!お〜っと!そんなチャーリーズエンジェル達が、一列に並んで踊りだしたぁ!

それはあたかも、何億光年もの銀河宇宙を、群れをなして飛び回る流星が如き、時空を越えた伝説の予感を抱かせるミルキーウェイとも言うべきでしょうか!

さぁ、ここから一体どんな物語が誕生するのか、注意深く見守ってみましょう。


それはまだ遊女・平松ケイが神様を信じていなかった頃のお話。

流れ星を見た時、願い事をすると「かなう」と幼い頃、母から聞いた。
母が言うには、流れ星に願い事をすると、願いはかなうけれど、その代わりに誰かが、流れ星が流れた夜、死ぬ・・・とも。

そう聞いた幼い頃の平松ケイは、その話の意味が良く分らなかったが、「願い事が叶うのはいいけどぉ、誰かが死んじゃうのはイヤだなァ〜・・・」と、怖くて耳をふさいだもんだった。


遊女・平松ケイはその夜、そんな話を思い出して、とある遊郭に与えられている自分の部屋の窓辺に、もたれかかりながら、ぼんやり夜空を見ていた。

遊女になってもうどれくらい経ったやら、数える事すらおっくうで、いつも「もう、あたしなんかどうでもいいさぁ。今さら人並みの女の幸せなんて、考えるだけアホらしい。」そう言っては「お酒!お酒ちょうだぁ〜い。お酒がカラですよ〜・・・」と、しゃがれた声で、誰に言っているのやら、分らなくても言わずにはいられない絶望の日々を過ごしていたのだった。

遊女生活が長くなり、「男」と言うものになんの期待も、感情も持てなくなっている。「女」としては哀れだとも言えるのだが、これは遊女・平松ケイに限った事ではない。

そんなある日、遊女・平松ケイのところへ、女将が来て言った。
「おケイ、今夜のあんたの客は、南蛮人なんだが、うまく相手するんだよ。ほかのみんなは気味悪がって、フトンかぶって震えてるのさ。あんたくらいの度胸のあるモンじゃないとね、さ、頼んだよ!」

女将は有無を言わさず、平松ケイに押し付けるように言うと、そそくさとどこかへ行ってしまった。

嫌もおうもない。遊女・平松ケイは自分の部屋で、一体どんなヤツが来るのかと、奥歯をガチガチ言わせながら、震えていた。そのうちに、ギィ〜、ギィ〜と階段をきしませながら、南蛮人の客と思われる人の、階段を登る気配がやって来た。

遊女・平松ケイは、さすがに怖くて怖くて、盆の上で着物を頭からかぶって、伏せ込んでいた。その足音は、障子一枚隔てた部屋のすぐ前に来て止まった。平松ケイがかぶった着物の端を少しめくって障子の方を見てみると、月灯りに明るく照らされた障子の向うに、とんでもない大男の影が映し出されている。おりしも上弦の月、半月の夜だった。

「ひぇっ!」

平松ケイは思わず声を上げ、クワバラ・クワバラと、再び着物をかぶり直して、身を硬直させる。次の瞬間!「ドンドン!」と障子を叩く音がした。平松ケイは目を硬く閉じて、「バケモンだ、バケモンが障子叩いて入って来る!」ともう今にも失神しそうな様子だ。

「May I enter ? ゴ、ゴメンクダサイ。ハイッテモイイデスカ?」

その声は着物をかぶって震えている、平松ケイの耳に届く。

「なに? バ、バケモンがしゃ、しゃべった!」

「ワタシ、ハイッテモ、イイデスカ?」

平松ケイの耳には、入ってもいいかと聞こえた。平松ケイは、か細い声で「ど、どうぞ・・」と恐る恐る言う。スーっという音がして、障子が開く。それと同時に夏の蒸し暑い風が吹き込み、平松ケイのかぶった着物を半分はぎとった。

「コンバンワ。」

愛想の良い声でバケモノ、いや、その大男は、着物をかぶって震えている平松ケイに話かける。平松ケイは顔だけ出して「こ、こんばんわ。」とだけ、そっけなく言う。その様子を見て、大男は困った素振りで、また話しかける。

「ジョウゲンノツキ、ウツクシイ、ヨルデス。」

「なに?上下の突き?うっくし、よんです? あんたの言ってる事よう分からん。」

大男は両手を広げながら言う。

「Oh、ジーザズ・・・ ハンゲツデス。トテモ、キレイデス。」

遊女・平松ケイは、半月と言ってやっと意味が分った。

「あぁ、お月さんの事か。お月さん、借金の形に半分持ってかれた。かわいそうに半分だけになって、泣く泣く出てるのね。哀れなもんや。」

大男は半月と言うモノを、感性豊かに解釈する遊女に、今までに感じた事のない何かを感じ取っていた。大男は、相変わらず着物をかぶって縮こまっている、遊女の前に来て座った。そして日本人にもっとも分りやすい言葉で、遊女に言う。

「クルシュウナイ、オモテヲ、アゲイ!」

いきなり声高に言われた遊女・平松ケイは「ヒャッ!」と驚いて、かぶっていた着物を振り払い、正座する。その仕草を見て大男は声を上げて笑い、遊女の顔をじっくりとのぞき込んだ。中々の美形であった。大男は遊女に名前を尋ねる。遊女は「おケイ」と名乗った。大男は「おケイ」を見つめながら優しく微笑む。

遊女・平松ケイは、片目をあけて、片目を閉じたまま、大男の顔を盗み見る。南蛮人について少しだけ人から聞いた話を思い出し、その南蛮人の目を見ると、本当に青い目をしている。あんな青い目で、目が見えるものかと不思議だったが、多分、ここまでやって来たんだから、見えるんだろうなと関心する。

南蛮人は自分を見て微笑んでいる。まだ少し怖いが、どうやら噛み付いたりはしそうにないので、少し安心する。金色に輝く長い髪を見て、きっと外国(とつくに)の偉い人なのだと思った。そしてその男の胸元に光る物を見つけ、それをじっと見ていると、それに気がついた南蛮人が、腕を自分の首に回しながら、それを外した。何をするのかと思って、おケイはじっと見ていると、南蛮人は、外したロザリオをおケイの前に差出して言う。

「ワタシノ、タカラモノ、アナタニ、アゲマス、ドウゾ。」と言いながら、ロザリオの鎖の端を両手に分けて持ち、おケイの前から首に両手を回し、着けてやった。おケイの顔の前に、南蛮人の胸が来た。南蛮人は、胸にも金色に輝く毛が生えていた。おケイは顔をゆがめて、されるままにしていた。

南蛮人は、おケイにロザリオをつけ終えると、あらためておケイの事を見つめた。

「オケイサン、ヨク、ニアッテマス。トテモ、キレイデス。」

と言って微笑んだ。おケイは結んでもらったロザリオを、手にとってみる。光っていてとてもきれいだ。南蛮人は、これを自分の宝物だと言っていた。そんな大切な物を、あたしみたいな遊女がもらう訳にはいかないと思った。おケイは、南蛮人にあたしみたいなモンが、アンタの宝物なんかもらう訳にはいかないと、胸のロザリオを手に持って言うと、南蛮人は右手の手のひらを、おケイにかざすようにして言った。

「コレハ、アナタニアゲタモノ、ワタシダトオモッテ、タイセツニシテホシイ。」

「そうは言われても・・」おケイは戸惑った。

「ワタシニワ、アタラシイ、タカラモノガデキタ。オケイサン、キョウカラワ、アナタガ、ワタシノタカラモノデス。」

おケイは今までにない、人の温かさに触れたような気がした。ウソでも遊女なんかに、そんな事を言ってくれる男は、今までにいなかったからだ。その事がうれしくて、おケイの方から南蛮人に寄り添って、胸に抱かれた。南蛮人はおケイを抱きしめながら、自分の事を少しだけ話し始めた。それによると、どうやらこの南蛮人は、宣教師として貿易船に便乗し、日本に来たらしい。

そこで知り合った日本人に接待と言う形でここに来たようだが、それもどうやら吉原で遊びたかった侍達の、口実として利用されたようだった。訳も分らずにここへ連れて来られた宣教師は、ここがどのような場所なのかが、やがて分って来たのだが、接待されていると言う立場上、逃げ出す訳にも行かず、彼らに従うより他になかったのだ。

宣教師がこのような所へ来てどうすると言う、気持ちはあったが、カトリック教徒の教義に照らし合わせ、神の導きのままにしようと決断したのだった。

ちなみにキリスト教徒でもカトリックの教義では、男女の性に対する見解は明確である。まず、神が人間を二つの異なった性を持つ存在として造ったとしている。それは神がお望みになったからである。したがって、人間に二つの性が存在することは良い事なのである。そして、それは男女を結婚へと導き、夫婦の性の交わりを通して神の創造の一部に人間を参加させるものなのだと言うものである。ここには絶対者としての神への全面的な信頼が基底にある。

性は喜びと満足の源泉であると高らかに宣言する。これほどまでにカトリック教会が性を肯定的にとらえている事は、一般には意外と知られていない。夫婦が生殖機能において、肉体と精神の喜びと満足感を味わう事は、神が意図した事なのであるからなんら悪い事ではない。これは、夫婦間のセックスが単に子供を作る事だけを目的としたものではない事を意味する。

ただし、夫婦は正しい節度を守らなければならないとも教えている。結論として、夫婦として求める交わりは「善」であるが、その目的は出産へ開かれたものでなければならない。つまり、たとえ夫婦と言えども、最終的に祝福された出産に結びつかないセックスは「悪」とされるものである。これはこの世で最大の「悪」妊娠中絶をきつく戒める理由から、そのように言っているのだと思われる。

この南蛮の宣教師は、すべてを神の導きと理解し、心を決めてここへ来たと言う訳だ。つまり、どんな事が起きても、自分と交わる事になった女性とは、妻としてめとると言う決心である。そして出会ったのが、遊女のおケイだったのだ。

南蛮人は激しかった。まるで野生にいだかれている気持ちになった。そして、おケイの上で動き回る南蛮人は、おケイの耳元で「I LOVE YOU」と言った。良く聞き取れなかったので、おケイは「えっ?何?」と聞き返す。今度は日本語で「アイシテル」と南蛮人は言った。

おケイは耳元で囁かれたその言葉に、生まれて初めて感じる、甘酸っぱいような、くすぐったいような、何とも言えない不思議な感覚を覚えた。おケイは何と返事を返したらよいのか分らず、南蛮人の背中に回した腕にぎゅっとチカラを入れ、ツメを立てた。

★  ★

遊女・おケイは、いつものように客を取って、ありきたりな夜を過ごしていた。何の感動もなく、退屈なお客だった。おケイの胸には、光るロザリオがあった。早く終わらないかなぁ〜と、天井の木目を数えたりしていた。そんな時、退屈なお客がおケイの胸のロザリオを見て、何気なく言う。

「おめぇ、珍しいモンしてるじゃねぇか。南蛮渡りの品モンだな。」

おケイは、退屈な男にズケズケと自分の縄張りに土足で踏み込まれたような気がして、不愉快だった。手でロザリオを握って、そいつには見せないようにする。

「なんでぇ、よっぽど大事にしてンだな。南蛮人からもらったのかい。」

益々おケイは不機嫌になる。

「ケッ!あぁ、おめぇ、おとついだっけかな、南蛮人が街道で馬に乗ってる所を左幕派の侍にぶった切られたって言うの聞いたかい? 南蛮人なんて何人もいねえからな、もしかしておめぇにそれをくれたヤツかもしんねぇな。」

おケイはそんな話を耳にして、胸騒ぎがした。まさか!とは思うが・・

「何だってぇ? 何でその南蛮人は殺されたんだい。」

「そんな事聞かれたって、オイラにゃ良くわからねぇが、尊王派のヤツラが羽振りがいいんで、キリシタンに八つ当たりでもしてるんじゃねぇのか。おめぇもキリシタンの仲間かい? 気をつけた方がいいぜ。」

「あたしゃキリシタンなんかじゃないさぁ。で、その切られた南蛮人ってのは、どんな風体のヤツなんだい?」

「そうさなぁ、何でも赤い髪の毛で、ヒゲも同じように赤かったとか聞いたな。まぁ、詳しくはしらねぇよ。」

おケイは安堵した。どうやら人違いのようだ。おケイはロザリオを愛おしそうに頬にあて、南蛮さんの事を想った。「コレヲ、ワタシダトオモッテ・・・・」南蛮さんの声が聞こえるような気がした。

「ねぇ、もう一度会いに来て、もう一度、愛してるって聞きたいよぉ・・・」

おケイの感情は高ぶった。南蛮さんの事を想うと、いてもたってもいられなくなり、自分で自分の体を慰め始めた。

平松ケイは黄色い照明があたる盆の上で、帯をとき、はだけた着物を背中越しに下ろし、あえぎ始める。みだらになまめかしい足を少しづつ開き、手でまさぐりながら官能の世界にどっぷりとつかる。薄く閉じたまぶたに、恍惚とした表情を見せながら、白い歯で真っ赤な唇をそっと噛む。

背中を反らせた胸元には、銀色に光るロザリオが張り付いている。照明の織り成す光と影の中で、平松ケイは体をひるがえし、両ひざ、両手をついて薄く笑い、熱い吐息をはきながら、右手を遠く差し伸べて引き戻す。額からこめかみを伝い止めどもない汗が流れた。その銀の雫は、さらに首筋を這い、ロザリオをつたって盆の床に落ちた。


遊女・平松ケイは、あれから自分の元へ来てくれない南蛮さんに、変わらぬ想いを寄せ、今夜も部屋の窓辺にもたれかかり、夜空を見つめていた。今夜は下弦の月。あの時とは逆の半分が欠けている。月の満ち欠けの周期は上弦・半月から7日で望・満月となり、そしてそれからまた7日で下弦となる。そこから7日で朔・全欠となり、また7日で上弦・半月に戻ると言う、1サイクル 28日周期でそれを繰り返す。

そんなおケイが夜空を見ている時、不意に一つの星が流れた。
「流れ星だ!」おケイは、その時それを見て、募る南蛮さんへの想いから、無意識にその流れ星に言った。

「お願い! もう一度だけでいい、南蛮さんに会わせて!」

流れ星は白い尾っぽを引きながら、しばらくして夜空に消えた。
おケイは無意識に自分の口から出た言葉にあきれた。まるで子供じみたおとぎ話を言ったような気がしたからだ。今さら遊女として日ごと、夜ごと入れ替わり立ち代り、通り過ぎて行く男達を相手にしている自分が、子供みたいに流れ星を見て願い事を口走るなんて。

しかし、どんな環境にあっても、無意識に出る言葉こそ、その人が心にかかえた、純粋な本心であるものだ。人は歳を重ねる事により、次第に本心を言えなくなるものだ。それをして
「大人」と呼ぶのはいささか悲しいものである。

おケイはそれでも、流れ星に願った事で、もしかしたらまたあの南蛮さんに会えるような気もしていた。何の確証もないが、漠然とそんな気がするのだ。そんな折、おケイの事を呼ぶ女将の声がした。おおかた、今夜の客でも入ったのだろう。部屋で客を迎える支度をしていると、いきなり部屋の障子が開いた。

「ごめんよ、まだ支度が出来てないからもう少し待って・・・」

おケイがそう言いながら振り返ると、そこには下弦の月灯りの中に、金色の髪を光らせた南蛮さんが立っていた。おケイは化粧を直そうとして、手に持っていた紅の入った貝をタタミに落とす。

「な、南蛮さん・・・」

「オケイサン、アイタカッタ!モウイチド、アイタカッタ!」

南蛮さんは息を荒くしてそう言った。どうやら少しばかり様子がおかしい。おだやかな南蛮さんにしては、妙な焦燥感があるようだ。

「南蛮さん、来てくれたのね。あたしに会いに来てくれたのね。」

おケイは子供のように喜んだ。そして南蛮さんに走りより、しがみつく。

「会いたかったよぅ、南蛮さん。」

おケイは南蛮さんの背中に両腕をまわして、抱きしめた。

「オケイサン、アイシテル。アナタワ、ワタシノ、タカラモノ。」

おケイの頬に自分の頬をくっつけて、息を乱して囁いた。抱きしめたおケイのきゃしゃな体が、南蛮さんの胸を熱く切なくする。二人はそれ以上何も言わずただ黙って抱きしめあっていた。南蛮人さんは、自分のお腹の辺りに、固い感触を感じ、おケイから腕をほどくと、それが何であるか確かめる。

それはあの日、上弦の月の夜、自分がおケイにあげたロザリオであった。おケイはあの時のロザリオを大切に首から下げていてくれた。南蛮さんは、おケイが首から下げているロザリオを手に取り、それに口付けをした。

「オケイサン、タイセツニシテクレテ、イタノデスネ。Thank you. Moreover, I am looking forward to the day which can meet. It is praying so to God. It can surely meet. It is you about the blessing of God. I Love You.」

突然、南蛮さんが訳のわからない言葉を言うので、おケイはキョトンとしている。しかし、何か前の時と南蛮さんの様子が違うと思った。

「南蛮さん? なに? 何を言ったの? わからないよぅ。」

その時である。乱暴な足音がバタバタと、階段を登って来たかと思うと、数人の侍がおケイの部屋になだれ込んで来た。おケイには一体何が起きているのか、まったくわからない。あっけに取られていると、その侍達は、「見つけたぞー! 」と声を荒げて叫ぶ。南蛮さんが振り返る。すると侍達は刀を抜き、「邪悪な伴天連め!成敗いたす!」そう叫びながら、南蛮さんに斬り付けた。

「Oh,My God ! Jesus ...」

南蛮さんは顔から血潮を吹き上げて、タタミの上に倒れこんだ。それを見て侍達は、無抵抗の南蛮さんの体に、何度も刀を突き立てる。おケイの全身に衝撃と戦慄が、稲妻のように走る。とっさに南蛮さんの体の上に覆いかぶさり、南蛮さんを守ろうとする。侍達は夜叉のような形相で、「どけ!」とおケイの体をはねのける。そして動かなくなった南蛮さんの顔に、自らの顔を近づけ、息の根が絶えた事を確認してから去って行った。

おケイ部屋の周りに人垣が出来ている。見物人の人々は「なんて、ひでぇ事をするんでぇ...南蛮人かも知れねえが、同じ人間じゃねぇか...左幕派の侍は自分達が、尊王派に負けそうなモンだから、弱い者に八つ当たりしてやがるんだ。」そう口々に言った。そんな人垣の輪の中で、おケイは南蛮さんの体にしがみついて、泣きわめいていた。おケイの姿に誰もが言葉無く、ただ見守るだけだった。

南蛮さんはあの時、振り向きながらおケイの首から下げていたロザリオを引きちぎり、おケイの身から外していた。もしあの時、あのままおケイがロザリオを首から下げていると、おケイも同じように侍達から、切り殺されていたかもしれない。南蛮さんはとっさにそう思って、ロザリオをおケイから取ったのだ。

南蛮さんの亡骸は、南蛮さんとおケイの事を知る、遊郭のわずかな人の手によって、ねんごろに弔われた。仏教では生前どのような因果があったにせよ、死んでしまえば皆平等に「仏」となる。少々チグハグな感じがするが、南蛮さんは遊郭のわずかな人達によって「何無阿弥陀仏」の念仏によって送られた。人の死について、民衆は常に宗教を超越した所で、人の死を悼み、来世での幸福な生まれ変わりを願う。

考えようによっては、宗教と言うものは現世を生きる人間が、方便として創り出したもので、宗教に表現される本質と言うものは、人の心の中にこそある、シンプルな「情」なのではないかと思う。ただそれをそれぞれの人によって、受け入れ易い形を形成し、体系化したものが様々な宗教、宗派と言う形になっているだけだ。しかし、その宗教と言う断片的なものだけを取り上げて、宗教戦争などという愚かな行為を繰り返す人間の心に、真理などありえない。

先にも述べたが、人の心はいつもシンプルであり真理と言う物があるならそれは、「人を愛する事であり、人に愛される事である。そして、お互いから学び、お互いに分かち合う事。」その一言に尽きる。


おケイは今でも南蛮さんの形見となってしまったロザリオを、大切に首から下げている。色々な事があったが、遊女・おケイの身の上には何の変わりも無く、今夜もまた女将に言われるままに客を取り、天井の木目を数えながら、早く終わらないかなぁとつぶやいてる。

だが、一つだけ変わったと言えば、それは窓辺にもたれかかり、夜空を見る事をしなくなった。それは、おケイの深い後悔の念から、そのようになった。おケイはあの時、幼い頃、母から聞いた流れ星の話の中で忘れていた事が一つあった。

「流れ星に願い事をすると、願いはかなう」けれど、その代わりに誰かが、流れ星が流れた夜、死ぬ・・」

と言う最後の一節だ。あの時不意に、自分が流れ星に願いなど掛けなければ、きっと南蛮さんは死なずにすんだのだと言う自責の思いがある。「流れ星の話」との因果関係は定かでは無いが、実際の所はどうであろうか。結果的には悲しい結末を迎えたと言えるが、あの日、あの時、おケイも南蛮さんもこれ以上に無い至福の時を過ごせたはずで、お互いに愛し、愛され、お互いから学び、そして分かちあった。

そして今でも、おケイはすべてを失った訳ではない。手の中に温めている南蛮さんの真心がこもったロザリオ、そしてまだその時、おケイは気づいていないが、その胎内では新しい命が誕生していた。南蛮さんと再会した夜、おケイには何の事か分からなかったが、南蛮さんは自国の言葉で言った約束を果たしていたのだ。

必ずまたあなたにめぐり合える事を私は神に祈り、その神の恵みをあなたに・・・

〜fine〜
次回その8へと続く・・・



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