もずのわくわく劇場日記 No.157-2


2006年 7月26日 郡山ミュージック

郡山遠征日記・中編「進化し続ける渡辺理緒! その2」


そして三回目のステージは、「薔薇の封印」である。
この作品も去年の9月結・若松の時に見てから、ずっと生のステージでは見ていないので、久しぶりの観劇。この作品では「タ」を叩けるので、起立して「タ」を握る。うん、やっと応援隊らしい活動が出来るね。

耳に馴染みの深いあのピアノのイントロが場内に流れ始めた。良いね♪この思わせ振りなこのメロディー。オリジナルキーは、Gmで、♪ミ・レ・シ・ソ〜 ミ・レ・シ・ソ〜 と、ミとシに#が付くのよ。メロディーの方は全部四分音符の一拍で弾くか、オリジナルの通りにミ/ソ・レ/ソ・シ/ソ・ラ/ソ〜 とメロディーの音符の間に、八分音符のベース音である「ソ」を割り込ませて弾くか、自分のレベルに合わせてピアノを弾いてくれ。いや、そんな話はどうでもいいんだった。

思わせ振りなイントロから始まる薔薇の封印、作品のベースになっているのは宝塚の「薔薇の封印」だが、リオさんはこれを自分流のオリジナルストーリーで構成しているのだ。私は特にこの作品のベットの部分がすごい好きで、リオさんの演技力・表現力が光る部分なのだ。もちろん宝塚の「薔薇の封印」にはこんなシーンは無い事をお知らせしておく。

ともあれ、パープルスパンコールの帽子とマントに身を包み、リオさんは踊り出した。私も「タ」を振りながらリオさんのダンスについて行く。若松で見た時よりも照明が明るくてきれいに見える。いい感じだ♪

俄然気分が良くなって来たぞ! おっ? HIKARU隊のA氏も「タ」で援護してくれている。サンキュー♪ 間奏のドラムのフィルインの所はちょっとオカズを入れて叩いてみっかな♪ ン、ダッダ、ダッダ、ダン! おぉ、決まった♪ 久しぶりに叩いている割にはうまく叩けてる。

ダダダダダダーン! 銃撃を浴びせられたリオさんはステージで倒れこむ。ここでタンバリンは小休止、倒れこんでいるリオさんがピクリ! ピクリ! としながら徐々に復活して行く・・・

ちょっと! A氏? まだタンバリンは続きがあるんだってば! どこへ行く? こう言う所が専属応援隊と助っ人の違い。ちゃんと曲の流れを覚えているので専属応援隊はスタンバイして次に叩く部分までそのまま待機して待っているのだ。

で、リオさんが復活して立ち上がった所から、タンバリンの続きが始まる。
その部分の曲の終わりのシーンで、リオさんが頭をかかえて狂おしい演技をするので、タンバリンはフェイドアウトする。リオさんのここの狂おしい演技について一応解説すると、バンパイアであるリオさんは、死ぬ事はない。たとえ銃で撃たれてもバンパイアは死なない。死にたくても死ねない。この死ねない事の苦しさに、悶絶していると言う演技である。

そして! 戦う正義のバンパイア・リオさんの反撃が始まる。
正面を向いて握ったこぶしを振り上げ、闘いのダンス。

ア〜 ア〜 ア、ア〜♪ 行進するように押し寄せ、迫り来る敵を次々と蹴散らす、力強いパフォーマンスを繰り広げるリオさん。この場面はね、結構流れのまま見てしまいやすいんだけど、ダンスによる表現力を存分に発揮している部分なので、じっくり注意深く見てくださいね。

一通り敵を退治し、ふと安堵の気持ちが出る。

勝ったとは言えども何か淋しさにさいなまれ、感傷的な気持ちをダンスで踊るバンパイヤ・リオさん。そう、リオさんの繊細なダンスを見せる名場面、ステージのカミテからシモテまで、つま先とカカトを細かく使いながら横移動のムーンウォークみたいな、微妙なテクニックを使い、両腕を巧みに泳がせてのダンス。このシーンは主人公の心理を描いている場面なので、踊りだけに捕らわれずに、リオさんの顔の表情・演技に注目して欲しい。

自分が背負った運命と、過酷な使命、愛する女(ひと)はいる。だが自分はバンパイア、死ぬ事も出来ずに戦い続けなければならない・・・ 愛される事はたまらなくうれしい、しかし二人愛し合う事は、愛する人をも自分と同じ苦しみに巻き込む事になる。愛すればこそ、私はキミの元を去った。

人はこの世に生まれ、懸命に生き、やがて年老いて命の燃え尽きるその時がやって来る。そんな当たり前の自然の摂理がどれほど幸せな事であるか。仮に人生につまづき、失望したとしても、人は死を迎え、生まれ変わることで人生をリセットする事が出来る・・・ だが私はバンパイア、やり直しの効かない今、この道を永遠に歩き続けなければならないんだ。どれほど私がキミに「愛してる」と言いたかった事か、抱きしめてあげたかっただろうか・・・ 幸せになってくれ、ボクはいつもキミの事を想いながら、どこかで悲しい闘いを続けている事だろう・・・

うん、あの踊りの場面でリオさんが演じているイメージって、多分そんな感じで見ていれば、その後のベットのイメージがつかめると思うよ? では続き。

いっとき感傷にひたっているバンパイア・リオさんだが、敵はそんな事にはお構いなく、虎視眈々とバンパイアを捕らえるべく狙っていた。そして津波のように押し寄せ、バンパイア・リオさんは右腕をつかまれ、さらに左腕をつかまれ、ついに捕らわれの身となってしまうのだった。この曲のラストのところでリオさんが「はっ!」と、唖然とした表情で終わるのはそう言う訳よ。しまった、油断した! みたいなね。

そしてステージは後半第二景、薔薇を持った女の登場となる。
となれば、この女が誰であるのか何となく想像できるでしょ? そう、自分の前から何も言わずに立ち去った愛する人を追いかけ、探しているパンパイア・リオさんの恋人だよね。手に持った一輪の薔薇の花は、愛する人への熱い想い、そして抱きしめる事のできない人の形代と言うのか、まぁ、女の宿り木とでも言うのか、いろんな気持ちが込められたものを、この薔薇で表現してるんだよね。

非常に疲れた感じで登場して来る意味がわかるでしょ?
この女の人、愛するバンパイア・リオさんを探して、探して、追いかけて、追いかけて、悶々とした気持ちで今日まで生きて来た。愛する人の腕の中に優しく抱かれていたい、ただじっと、いつまでも抱かれていたいって、それだけの願いが叶う事を信じて、こんな郡山の地までやって来た。(ふふっ♪)

ところが・・・

その想いむなしく、もう精も根も尽きたと言うのか、これ以上は前に進めなくなってしまった。あの人への想いが変わる事は無いが、体は歳とともに衰えて行く。この先一体どこまで行けば・・・ どこに行けばあなたに会える・・・ 私の・・・ 私のバンパイア・・・

その女は真っ赤な薔薇の花びらを、感情のおもむくまま一枚、また一枚とむしって行く・・・
深い悲しみと悲嘆に暮れながら、女はその命をも薔薇の花びらと供に闇の中で葬り去って行く。カムバッーク! BGMが絶叫し、涙にぬれた女は遠く地の果てを見すえ、狂おしく手を伸ばす。

気を失うほど長い時間、長い距離を駆け抜けて来た、けれど・・・ もう、私は一歩も歩けない・・・ どこにいるの・・・ 愛する人よ・・・




はい! これが渡辺理緒の名作 「薔薇の封印」と言う作品でございます。
結局ね、封印はしてないのでございます。つまり、物語としては完結していない。
一体連れ去られたバンパイア・リオさんはそのあとどうなったのか、そして、愛する人を追いかけて、もう一歩も前へ進めなくなったこのバンパイアの恋人は、このあとどうなった? 渡辺理緒の「薔薇の封印」、本当の結末はステージを見たあなたの心の中にこそあるのです。

この作品を通じて渡辺理緒がみなさんへ伝えたかったメッセージは、「愛する事」とは、「愛される事」とは、「愛」と言うものに決まった形はないけれど、愛し合う二人にとって一番大切な事は、たとへ二人が愛し合う事で不幸な結果を招く事になったとしても、また幸せな人生を歩んで行くとしても、愛し合う二人は決して離れ離れになってはいけないんです。相手の立場や環境を想いやるがために、愛すればこそ身を引く。それは美談だしカッコイイかもしれません。でも、愛すればこそ、どんなにボロボロになろうとも、お互いの気持ちに素直になって二人で同じ舞台の上で闘い続ける事、最後の最後までお互いの手を握り締めたまま、一緒に戦い続ける事に「愛しあう」事の価値があるんじゃないか。薔薇のトゲで封印するべきものは、自分自身の中に住み着いている「弱い心」なのではないでしょうか。

と、と、と、私はいつも渡辺理緒さんのこの作品を見る度に、問いかけられているような気がします。

何て言うかさ、郡山の盆・ターンテーブルの回転速度、遅くない? よその劇場でこのベットシーン見てる時と、リオさんの見える角度がなんかタイミング悪いって言うか、いつもリオさん、あさっての方向に向いてるんだよね・・・ そのあたりいつもと感じがちがったな。

続く・・・


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