もずのわくわく劇場日記 No.165-2


2007年 7月 13日(金) 新宿ニューアート

若林美保「踊り子やってます」
浴衣イメージストーリー



不意の雨で乱れた黒髪を、首をかしげるように倒して、白い指先でそっと整える。
部屋へ上がった若林美保は窓ガラスを開け、外の様子を眺めながら「まだしばらく止みそうにないわね。」と誰に言うでもなくつぶやいた。

窓のガラス戸は開けたまま、軒端につるしてあるスダレをするすると下げると、嫁入り道具として持参した桐のタンスへ向かい、腰を折り曲げて下から二段目の引き出しを引き出した。丁寧に折りたたまれた衣類の中から、まだ美保が着るには少々渋目ではないかと言う、萌黄色に柄が染め抜かれた一枚の浴衣を取り出した。

なぜ何枚もある浴衣の中から、その浴衣を選んだのであろうか。
この浴衣には美保にとって、特別な想い入れがあったのだ。

ヒュルヒュル〜、ドーン! パチパチパチ・・・
玉屋〜! 祭りの賑わいと歓声とが夏の夜空にザワザワとこだまする。美保が十七になって迎えた夏祭りの日だった。初めて彼氏に誘われて、二人して浴衣を着て祭りの花火を見に行こうと言う事になった。

「夏祭り、花火・・・ やっぱり浴衣だよね。」

そう思ってどこかに浴衣があったよなぁ、とそれを探していたのだったが、中々見つからない。
「あれぇ〜、どこにしまっておいたかなぁ・・・」
縁側で夕涼みしながら美保の母が、何を探しているのと声をかける。
「ねぇ〜! お母さん、あたし浴衣持ってなかったっけ?」
美保の母はさてどうだっただろうかと、ウチワでソそよそよと顔を扇ぎながら美保に言う。

「浴衣はおと年くらいに買ったと思ったけど、今の美保にはどうだかねぇ。」
「あったよねぇ、浴衣。」
「美保のタンスの一番下の引き出しを良く探してごらん? でもねぇ・・・」
「ある?」
「でも着られないと思うがね・・・」
「どうして? 浴衣で彼と花火見に行くんだもん♪」
「どうしてって、お前少し大きく育ち過ぎたから・・・」
「失礼ねぇ、あたしそんなにでっかくないもん! あっ、あった♪」

美保はやっと浴衣を見つけ出して喜んだ。これで彼と良い雰囲気で花火を見に行けると。
タンスの引き出しから浴衣を引っ張り出し、さっそく広げてみた。ところが、それを肩から羽織ってみると、足元がつんつるてん。足首の上まで浴衣のスソが上がってしまった。

「えぇ〜、何これ? やだぁ〜! かっこ悪ぅ・・・」
「あぁ、やっぱりねぇ・・・」

美保の母が笑いをこらえて、ボソっと言った。さもありなむ。
美保は十七、成長期のど真ん中である。しかも学校では水泳部で体を鍛えている。当然、良く食べ、良く眠り、良く育つはずである。ここ数ヶ月の間に身長が、5cm以上も伸びていた。中学生の頃に買った浴衣は着られるわけがないのだ。

「お母さん、この浴衣しか無かったっけ? 」
「ないよ。」

あっさりと母は言った。美保は柱に掛かっている時計を見てあせる。もう間もなく彼氏が家に迎えに来る時間だ。どうしよう、こんな浴衣じゃみっともなくて外へ出られない・・・ 今から買いに行くなんて無理だ。美保はいまにも泣き出しそうになった。

「美保はもうでっかくなったし、大人用の浴衣じゃないと着られないね。」
「そんな、でっかい、でっかいって言わないでよ! 」

すると美保の母はちょっと待ってな。と言いながら縁側から立ち上がると、自分の桐のタンスの引き出しから一枚の浴衣を出して持って来た。

「まだチョットお前が着るには地味すぎるけど、無いよりマシだ。」

母は自分の浴衣を美保に出してあげたのだ。
「地味ィ〜! やだそんなの! カッコ悪いよぅ。」

母の浴衣は萌黄色で柄を染め抜いた、ちょっと時代を感じさせるようなものだった。美保が受け入れられないのも良く分る。母はツベコベ言ってないで、着るだけ着てみなと言って、美保に無理やり肩から羽織らせてみた。すると、着丈も袖丈も美保にはちょうど良い寸法であった。

「こんなの嫌だぁ〜! ババ臭い! 彼に見られたら嫌われちゃうよぅ・・・」

美保の嫌がる様子を見て、母は不愉快そうに言う。

「その浴衣はね、亡くなったお前のおばぁちゃんが着ていた物を、形見分けに私がもらって仕立て直して私が着ていた物なんだよ。地味なのは良く分るけどね、優しかったお前のおばあちゃんの心が感じられるだろ。おばぁちゃんから私、そして私からお前と、受け継いで行ったらどんなにおばあちゃんも喜ぶ事だろうに。」

美保はふと幼かった頃、おばぁちゃんとの思い出を懐古した。

「おばぁちゃんの・・・ でもやだ! だってまだあたし十七よ? 彼になんて言えばいいの? これ、おばぁちゃんのなんだ。なんて言えないじゃん! 嫌われるぅ、絶対に嫌われるよ!」

母は「あ、そう! じゃぁ好きにすればいいじゃない! でも他には浴衣ないからね!」と美保を突き放した。刻々と彼氏が迎えにやって来る時間が迫っている。どうしよう、つんつるてんの自分の浴衣を着て笑われるか、地味なおばあちゃんの浴衣を着て行くか・・・

どっちにしても彼に笑われる、嫌われる・・・ もう泣きたい気分だ。と、その時、ピンポーン♪ 玄関の呼び鈴が鳴った。まさか! もう来ちゃったの?

「ごめんくださぁ〜い、美保ちゃんいますかぁ〜♪」

えぇ! なんで? 来るの早すぎるよ・・・ 「ちょっと待ってて、まだ仕度出来てないの。」と、とっさに言ってはみたが、結局どっちかの浴衣を着るしかほかに方法がない・・・ 短い浴衣より地味でもサイズの合っている浴衣の方がマシかと、泣く泣く、おばぁちゃんの浴衣を広げてそれを着た。

「お・・・ おまたせ・・・」

顔を伏せたまま美保は彼の顔を見ることが出来ない。笑われる、嫌われるぅ・・・

「おっ♪ 美保、ちょっち地味な感じだけど、意外に浴衣似合うんだね♪」
「そ、そっかな。ははは・・・」

美保が心配していたような事は起こらなかった。彼の方が気を使ったのか、それとも本気でそう思っているのか、美保には良く分らないが、ともかく拒絶される事はないようだ。それでもやっぱり気分は盛り上がらない。花火の会場へスタスタと楽しそうに歩く彼氏。トボトボとその後を追う美保・・・

「おい、どうしたんだ? 元気ねぇじゃん。」
「う、うん。そっかな・・・ 元気・・・あるよ・・・」
「夏風邪でも引いたのか? 調子が悪いなら無理しなくていいよ? 帰る?」
「そ、そじゃないけどさ・・・」
「そう、ならいいけど。でもあれだね、その浴衣・・・」

いきなり浴衣の話題に話を振って来たその言葉に、美保はぎくりっ! として肩をすぼめた。

続く・・・!


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