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2008年01月20日
本日楽日です
そもそも、現在の「もずのわくわく劇場日記」と言うホームページは
2000年5月16日から一般公開が始まった。
あしかけ7年3ヶ月である。
しかし、私がホームページを初めて作り一般公開したのは、1997年10月の事
である。
私の初めてのホームページは 「シアターずいてん」と言うサイトだった。
出足低調(笑)
玄人好みのホームページであり、観劇レポートと言うジャンルで好評を得て、
その分野では脚光を浴び、浅草ロック座の踊り子「細井架奈美」と出会ってその
公式サイトの管理人も2年ほどではあったが務めた事もあった。
だが、私のそんな活躍をねたみ、そねみ、ネットストーカーにホームページを
破壊されるに至り、私は一年ほど地下にもぐったのだった。
完全会員制のホームページとして活動していたのだが、それもとある人物の
知るところとなり、こんな事いつまでもやっててもしょうがない、どうせならやけの、
やんぱち! 堂々と表でやってやろうじゃねぇか! と、始まったのが現在の
「もずのわくわく劇場日記」と言うホームページなのである。
何と言う経歴だろ。(爆♪)
元々そんな感じだったので、最初から長く続けられるとは思っていなかった。
だがしかし!
2000年9月8日、私は運命とも言うべき踊り子の巨星 「渡辺理緒」さんに
今は無きショーアップ大宮劇場で、初めて出会う事になる。
渡辺理緒のステージは斬新で、ミステリアスで、華麗で、美しくて、それはそれは
何と言ったら良いのか言葉が見つからないほどの、素晴らしいステージであった。
まさにその日から私の人生が変わったと言っても、過言ではないだろう。
それを「過言の滝・・・」と言う。それを言うなら「華厳の滝」だろ!(笑)
まぁ、それはいいとして。
渡辺理緒のステージのみならず、渡辺理緒と言う人がたまらなく好きになった。
人柄、物の考え方、生き方、常に誠実そのものの人で、言葉にも行動にも
まったくウソの無い人である。
そんな「渡辺理緒」さんとの出会いによって、私は長続きするはずのない
今のホームページ、「もずのわくわく劇場日記」を怒涛の如く更新していた。
その間に「仁科ちあき」、「神崎雪乃」、何よりも渡辺理緒とチームを組んだ
「新庄愛」の「アンサンブルローズ」、渡辺理緒の末弟子「真咲凌」たちとの
出会いもあり、観劇活動もホームページ更新も絶え間なく進んで行った。
気が付くと「もずのわくわく劇場日記」の公開から、7年。
キッカケとなった初めてのホームページ「シアターずいてん」から10年もの
月日が経っている。
ほかの人には出来ない、自分にしかできないようなホームページ作り、
観劇レポート、活動をやると言うのが私の信条であり、ポリシーであった。
振り返ると世の中にBBSと言うものが定着してくる黎明期、私のサイトには
すでにあった。
ストリップサイトにチャット。私のサイトが最初だとは言わないが、浅草六男さん
や、MASATOさんをはじめ、雅麗華さんも毎日のように私のチャットで盛り上がって
くれた。(ある意味戦争ではあったが)
観劇レポートに踊り子さんの写真を使ったグラビアレポートと言う物を書いたのも
ストリップ劇場のお客としては、私が最初だと思う。
私が管理していた「細井架奈美公式サイト」がその走りであったが、その流れは
渡辺理緒さんのレポートへと引き継がれて行く事になった。
ちょっとだけ私の自慢? になるが、細井架奈美さんいわく・・・
「観劇レポートは結構色々な人が書いてくれるのを読むけど、どれもこれも
みんな説明文みたいで、全然面白くない。あんたが書いてくれるレポには
踊り子が読んでも楽しい事、知りたい事がちゃんと書いてある所が良い。」
と言ってくれた。
また、渡辺理緒さんにいつの事か聞いてみた事があるが・・・
「先日のステージのレポ、九条のお客さんがすごく上手に書いてたけど見た?」
「あぁ、あれ? 読んだよ。読んだけど、全然ダメ! 私のステージの事まるで
分かってない。お客さんが読むぶんにはあれで良いんだろうけど、踊り子から
してみると、もっとここに突っ込み入れて! あそこはこう書いて欲しいのに
って言う事が全然書けてないの。もずさんはチョット突っ込みすぎって感じは
あるけど、踊り子の気持ちをよく分かってくれてるから、踊り子が読んでも
おもしろいものに仕上がってるのよ。」
と言う話をしてくれた事がある。観劇レポーターとしては最大級の誉め言葉だ。
まぁ、大失敗した例も山ほどあるのだが、私にとってはそれを差し引いても、
十分に観劇レポーターとして活動していた意義は大いにあったと思う。
また、私が書いた観劇レポートは、人により好き嫌いは激しく分かれると思うが
すべての人に受け入れられる観劇レポなどありえないし、仮にそう言うものが
あったとすれば、それはひどくつまらない観劇レポになるだろう。
そんな中でこれまで私の書いた観劇レポを読んで、おもしろかったとか、感想や
励ましをしてくれたすべての人に、心から感謝している。
さらに、さらに、私は踊り子はアーチスト(表現者)であり、ステージは著作物
であると言う持論を展開し、ステージビデオを編集・販売、踊り子さんたちへ
一度踊って、一度ギャラをもらってそれで終わりと言う、切り売り的な労働形態
の打破にも取り組んで来た。
踊り子には印税があってしかるべきだと思ったからである。
例えば、踊り子がステージ作品を作るのに時間を費やし、努力をした事は言う
までもなく、彼女らの作り上げた素晴らしいステージの価値は、その場限りの
ものでは決して無い! と言う事を証明したかったからである。
以前、ある機会があって踊り子さんの集まりの中での話。
引退してるのに、踊り子本人には何の承諾も無く、勝手にステージビデオを
書籍や映画等の出版物に「そんな事は関係ねぇ~んだよ!」と言って収録・使用
している会社や劇場があると言う話を聞いたのである。
現役中ならともかく、すでに引退して第二の人生を歩みだしている元・踊り子
さんの中には、過去の経歴がばれてしまうと仕事や生活に支障を来たす人もいる
ので、踊り子としては一応事前に承諾を得て欲しいと言うものである。
つまりは踊り子さんのステージ作品に対しての著作権や、踊り子さんの肖像権は
守られるべきものだと私は思うのである。
なので、せめて私とかかわりのある踊り子さんに対しては、自分が出来る範囲で
エージェントとなり、著作権保護をしようと思ったのである。
ただのストリップ劇場のお客がここまでになった。
ストリップそのものの歴史はおおよそ60年と言われている。
私は自分のホームページを通じて、ストリップの歴史60年の中の10年と言う歳月
を駆け抜けて来た。
正直、もう自分は十分やった、頑張った。と思うので、ここらでストリップの
ホームページからは身を退こうと思うのである。
十三ミュージックの木内雪美さんと出会って10年。
ショーアップ大宮で渡辺理緒さんと出会い、大きな渦潮に吸い込まれるようにして
突っ走って来てから7年・・・
ホントはね、2006年8月20日に渡辺理緒さんが名古屋銀映で引退た時に、その
レポを書いたら、その時点でストリップから引退しようと思っていた。
あの時にもう全部終わったって思っていた。
が、しかし、にぎやかに回っているアクセスカウンターをながめていると、もう少し
だけ、もうチョットは続けて行けるかもしれないと考えていた。
劇場へは行っていたけれども、渡辺理緒さんが出て来る事は無い劇場で日がな
一日、時間をすごしている事が、だんだんつらくなって来た。
確かに劇場にいて色々な踊り子さんの素敵なショーを見ていればその時は楽しい
のだが、ただ自分的にはすごくそれが物足りなく思えてしまうのだ。
やっぱり「本命さん」が劇場から姿を消すと言う事の重大さを身をもって知ると言う
のだろうか。ほかのどんな踊り子さんが、どんなに素敵なステージを踊ろうが、
あの渡辺理緒さんのステージを見た時に感じた、衝撃を感じる事は私には出来な
かった。
ホームページは今日までズルズルと引きずって来たが、どうやらそれももはや限界
が見えてきたようだ。
私は薔薇の咲き乱れるバラ園で、たくさんの咲き誇る薔薇を楽しむのではなく
たった一本の蒼いバラの花を探していたのかもしれない・・・
それがここに咲いていないのなら、私がここにいる意味がないのだ。
私は私が求めるたった一輪の蒼いバラを探す旅に出ようと思う。
これまで「もずのわくわく劇場日記」を楽しんでくれた読者のみなさん。
長きに渡り、ご愛顧、ご支援、誠にありがとうございました。
本日を持ちまして、当館の楽日、閉館でございます。
ありがとうございました~! ありがとうございました~♪
さようなら~! (^O^)/~~
.
投稿者 mozusan : 2008年01月20日 16:36
コメント
思えば、この十年間の間にもストリップの世界でも色々な事ありましたね。十年前はまだ遠征もせず、もっぱら福山か湯郷東洋しか行ってなかったけど、何故かストリップ見に行けるとなるとワクワクしてたんですよね。まあ、ただ若かったから女の裸見るのが嬉しかったせいかもしれないけど、湯郷で四谷桃子さんに「ほらぁ〜恥ずかしがってないでカブリツキにおいでよ〜」ってよくからかわれたけど、そう言われると恥ずかしかったけど、周りのお客さん達も場が和んで楽しい一時ではありましたよ。
今のストリップは、何だかマニアックなかまってリボン君達のたまり場になっててお目当ての踊り子さんが居ても余り行く気にはならないですね。
渡辺理緒さんが居ない今となっては、もずさんも観劇レポ書く事も無いでしょうし、まさか新たなオキニの踊り子さんのレポ連載していく訳じゃないんでしょ?
HP無くなるのは寂しいですが、他にも色々と忙しくご活躍されてる事でしょうから、新たな道でも頑張って下さい。
投稿者 JOMO : 2008年01月20日 21:57
お疲れ様というべきか。。。。
逃げ出しちゃうの~(笑い)というべきか・・・
とにかくお疲れ様でした。
もずさんのこれからの生き方に興味津々であります。
踊り子に肖像権を与えるべきだという考え方には激しく
同意しますね。雑誌の取材をうける踊り子さんは、引退したらただの一般人ですからね。
もずさんがこれからどう動くか関西から見守りたいですね(^^)
本日なにわ楽日ゆきみさんを無事送り出しましたよ~~~♪
投稿者 こたつねこ : 2008年01月20日 23:05
JOMOさん、HPはなくならないです。
と、思います。
こたつねこさん、どう動くかと言われても・・・
何も決まってません。(笑)
投稿者 もず@管理人 : 2008年01月20日 23:33
はじめまして、もずさん。私は、ゆきみさんに出会えたことで、もずさんの存在を知り、ストの劇場日記を読んで、もずさんの隠れファンになっていました。こんなに面白い文章書ける人は、めったに居ないと思います。しかし、もずさんの気持ちがすごく解ります。私も、初めて見た踊り子さんで、いりえまこさんが辞め、続いて本命の森川いづみさんも辞めた今、同じ心境です。また、もずさんが書きたくなるまで、ゆっくり休んで下さい。お疲れ様でした。
投稿者 小倉のken : 2008年01月22日 03:18
小倉のkenさん!ありがとうございます♪
森川いづみさんも引退してから、日記少しだけ書いてましたね。
私もファンでした。浅草のロビーで会った時も話しかけてくれたりして、素敵な人でしたよね。ゆきみちゃんはまだしばらくの間、長持ち?(笑)しそうなので・・・だって今年の3月11日で、14周年ですから(笑)遊んであげて下さい。
投稿者 もず@管理人 : 2008年01月22日 10:14
もずさんのレポを楽しみにしてたので・・祭りの後の心境の様です。またいつか祭りが始まるのを期待してます。
お疲れ様でした。m(__)m
投稿者 山屋きん : 2008年01月23日 06:24
なんかもずさんの気持ちがよく判るような気がします。
もすさんのレポを読めなくなるのは残念ですが、たまにはBBSとか劇場とか顔を出してくださいね。
投稿者 mike : 2008年01月23日 13:00
お疲れ様でしたm(_ _)m
すっごく楽しませて頂きました。
ありがとう御座いました。
もずさんのCD今も大切にしてますから。
もしも、劇場でお会い出来れば嬉しいですけど(笑)
投稿者 Mr.Boo : 2008年01月24日 01:17
mikeさん、レポですか? また気が向いたら書きますかもしれない。おっと、日本語になってないか。(爆♪)
Mr.Booさん、永久保存版もずCD(笑)
劇場で会うと言っても・・・どこでよ!(爆♪)
もずさんは永遠に不滅です!
投稿者 もず@管理人 : 2008年01月25日 20:28